がん・腫瘍診療
犬や猫も食生活の変化や獣医療の進歩により寿命が長くなり、人間同様「がん」が死亡原因の1位となっています。
「がん」は悪性腫瘍の総称で犬や猫においてもさまざまな種類があり、それぞれ治療が異なります。がんの種類、状況によって根治できるものも数多くありますが、残念ながら根治できないものもあります。また治療法は腫瘍の種類だけではなく患者の状態やご家族の考え方によっても変わります。当院では動物とご家族にとっての最善の治療・選択肢をみつけ、共に「がん」に立ち向かい、時には「がん」と付き合っていくお手伝いをさせていただきます。
診察の流れ
①検査
体表腫瘍の多くは「しこり」としてご家族の方が気付かれます。また食欲がない、嘔吐や下痢が続く、皮膚病がなかなか治らない、という症状も原因が「がん」である場合があります。
診察の中で腫瘍が見つかった場合、検査に進みます。最初の検査としてはその腫瘍が何かを知ることから始まります。
細胞診
細胞診は「しこり」に細い針を刺して細胞を採取し観察する検査です。腹水、胸水や尿などの液体を採取し、その中の細胞を観察することもあります。比較的負担が少なく、多くの場合、初期の段階で行う検査です。
猫の胸水の細胞診。診断は「リンパ腫」
細胞診で確定診断がつく腫瘍もありますが、多くの場合では「しこり」が腫瘍なのか炎症なのか、腫瘍ならば悪性なのか良性なのか大体のあたりをつけるために行います。
生検
生検は「しこり」の一部または全部を塊として採取し病理組織学的検査を行います。塊として採取することで細胞診に比べ細胞数が多くまた細胞同士の関係性も評価できることから診断精度が高くなります。
腫瘍の種類によって手術法や治療法が変わってくるときには治療開始前に行い、診断結果に基づいて今後の治療方針を検討します。必ずしも全ての腫瘍の治療前に行うわけではなく、腫瘍の種類によって治療計画があまり変わらない場合や細胞診で確定診断がついている場合は手術で摘出した腫瘍を病理組織学的検査をする切除生検という方法もあります。
②治療の意思決定
診断がついた後はその腫瘍に対してどのような対処が考えられるかをご提示します。
腫瘍の特性(悪性度、今後起こりうる症状など)、現在の患者の状況(年齢、持病、健康状態など)、治療法(患者への負担、費用、通院頻度など)から治療をするメリットとデメリットを考えていきます。悪性の腫瘍だからといって必ずしも積極的な治療がいいわけではなく、反対に良性の腫瘍だから治療なんかしなくても問題は起こらないというわけでもありません。
ここで治療を行うのか様子を見るのかといった大まかな方針を決定します。
③追加検査
治療を行うことが決まったら追加検査で患者の状態を評価します。血液検査、レントゲン検査や超音波検査で転移の有無や健康状態をチェックし治療に耐えうる状態か、どのような治療が適応になるのかを検討します。
④治療目的の確認
手術、抗がん剤……といった話の前にまず治療目的を決定し、ご家族と獣医師を含めた病院スタッフの間で意思共有します。
がんの治療を目的別に分類した場合以下のように分けられます。
根治的治療:がんを完全になくすことを目的とした治療
緩和的治療:がんとうまく付き合っていくための治療
支持的治療:がんの症状や治療の副作用を緩和することで患者のQOL(生活の質)を向上させる治療
根治が見込めるような状況もあれば、診断がついた時点で根治不可能な状況もあります。また根治可能かどうか判断が非常に難しかったり、根治のためには大きな負担(断脚など)を覚悟しないといけないこともあります。
また、がんの治療は一回の手術で終わってしまうこともあれば患者の生涯にわたって必要になることもあります。その際かかる負担(患者の身体的負担、ご家族の経済的、時間的負担)も考慮する必要があります。これらの事を総合的に判断して治療目的を決定します。
治療目的の決定は非常に重要です。目的があいまいなまま治療を開始・継続すると患者のためではなく治療のための治療となってしまうこともあります。あくまで今行っている治療が目的に沿ったものであるかを考えながら治療を進めることが重要です。
⑤治療
治療目的が決まったら目的に合わせて必要な治療法を選択します。
外科手術
多くのがんにおいて根治的治療を行うときの第一選択肢となります。腫瘍の種類、場所によって手術法を決定します。場合によっては隣接する骨や付属リンパ節を同時にとることもあります。緩和的治療としても行うことがあります。
化学療法
抗がん剤治療。外科手術後に補助療法として行う場合や、リンパ腫の治療の場合など化学療法が治療の主体になる場合もあります。抗がん剤と聞くと副作用のイメージが強いと思います。抗がん剤での副作用としては骨髄抑制、消化器症状、脱毛などがあります。副作用に関しては皆さんが抱かれているイメージよりも軽度なことがほとんどです。実際に抗がん剤治療を受けている患者さんのご家族の方の感想として「思っていたより普通に生活できている」といったものが多いです。ただし、ごく少数ですが入院が必要なほど重度な副作用が出るともあります。
放射線治療
外科手術と同じように根治的治療と緩和的治療のどちらでも選択されます。がんの種類によっては非常に有効な治療法となります。実施できる治療施設が限られています。
免疫療法
上記の「がん3大治療」に対して「がん治療の4本目の柱」となるべく研究が進んでいるのが免疫療法です。現時点では免疫細胞療法やインターフェロン療法が動物医療においても実施可能です。他の治療に比べ患者の身体的負担が少ないのが特徴です。サプリメントも広義では免疫療法に入るのかもしれません。
大まかな診察の流れをご説明いたしましたが状況によっては順番が変わったり、省いたりすることもあります。
がんの治療で一番重要なことは治療目的に合わせて、患者さんとご家族にとって最善の選択肢を選んでいくことだと思います。当然100%正解の選択肢などありませんから、一番良い選択肢がどれなのか簡単に決められないこともあると思います。そんなときに当院の獣医師、スタッフが少しでも支えになれたらと思います。共に悩み、共に考え、共に「がん」に立ち向かい、時には「がん」と付き合っていくお手伝いをさせていただきます。